高齢者の技術・能力を生かす「小規模多機能型居宅介護」

高齢者の技術・能力を生かす「小規模多機能型居宅介護」

産経新聞 10月14日(月)9時0分配信

高齢者の技術・能力を生かす「小規模多機能型居宅介護」

「いどばた」で本棚を修理する男性(左)と、子供時代に遊びに来ていて就職したスタッフ(右)(写真:産経新聞)

 お年寄りは支えられるだけの存在ではない-。そんな哲学でケアをする事業所がある。神奈川県藤沢市にある「あおいけあ」では、要介護の高齢者が公園のゴミ拾いや清掃などの「社会貢献」に携わる。介護事業所は今後、地域の交流拠点になることも期待されている。1つのモデルになりそうだ。(佐藤好美)

 「あおいけあ」が運営する介護事業所「おたがいさん」。4LDKの大きな民家に、要支援や要介護の高齢者らが通ったり、泊まったりし、ここから介護ヘルパーに来てもらうこともできる。認知症の利用者が多く、平均要介護度は1・7。介護保険で「小規模多機能型居宅介護」と呼ばれるサービスだ。

 この朝、7、8人の高齢者がスタッフに手を引かれて公園へ向かった。ゴミ拾いのためだ。公園では、車椅子の女性がトングで吸い殻をつかむ。作業はのんびり、休み休み。それでもゴミ袋はいっぱいになった。

 「おたがいさん」では、利用者が公園の清掃や草むしり、児童の登下校の見守りにも携わる。「散歩」には見向きもしない高齢者が「草取り」には腰を上げるという。加藤忠相社長は「介護の目的は、世話されるお年寄りを作ることではない。じいちゃん、ばあちゃんは社会貢献が好きで、ボランティアだってできる。それなのに、介護の現場では『役に立たない人』にされてしまう。社会貢献は身体機能の向上になるし、『ありがとう』と言われれば、本人の達成感や生きがいになり、表情が生き生きとしてくる」と言う。

 社会貢献だけでなく、地域づくりにも熱心だ。事業所には垣根がなく、小学生や近所の人が敷地の小道を通っていく。スタッフは子連れ勤務OK。放課後は子供たちが家にランドセルをほうり投げて遊びに来る。「おたがいさん」の玄関には小さな駄菓子屋があり、認知症の高齢者が店番をする。計算は子供の仕事。「草団子の会」や「流しそうめんの会」などのイベントでは、子供が一緒に準備をし、模擬店も出した。

 要介護の人も「仕事」に携わると、てきめんに生き生きとする。敷地内のデイサービス事業所「いどばた」(平均要介護度2・3)でもケアの哲学は同じだ。

 朝10時、元表具師の男性(86)が木工道具を抱えてやってきた。リビングでイベント用の花作りが始まっても身の入らぬ様子に、笑顔のスタッフがそぐわぬ大声で声を掛けた。耳の遠い男性への配慮だ。

 「この本棚に、このファイルをこう入れたいんだけど、棚が狭いのよ。入るようにならないかなぁ」

 「簡単だよ、そんなこと。棚を動かせばいいんだ。じゃあ、そいつが先だな。こいつは後だ」

 作りかけの花を投げ出し、男性は意気揚々と持参のドライバーで棚を外し始めた。

 「人の世話にはならん」「あんなチーチーパッパができるか」と、デイサービスを嫌がる男性は多い。だが、この事業所には男性も嫌がらずにやってくる。スタッフが個々の高齢者から得意技を聞き出し、ケアに反映するからだ。隣接する畑は「畑仕事をする人がいたから畑を作った」(加藤社長)。

 喫茶店のマスターだった利用者からは看板メニューを聞いて、アメリカンクラブハウスサンドイッチを作ってもらう。それまで一言も話をしなかった元マスターが、以後は人とかかわるようになった。元大工さんには物置を作ってもらう。みそ造りも、庭木の手入れも洗車も、利用者と一緒にするという。

 ■「一人の人間としてケアを」

 認知症の人の自宅での暮らしを支援する精神科医、上野秀樹さんの話「生産年齢人口と高齢者人口を比べ、何人で支えるという図がある。高齢者が常に支えられる存在と見なされることに違和感を覚える。『退職したら悠々自適』の国と違い、日本人は働くのが好きで、引退したくない人が多い。だったら、日本の民族的、社会的ニーズにあったケアがあっていい。周囲が世話をする存在だと思い、そう接すると、お年寄りは世話をされる存在になる。だが、廃用症候群で寝たきりの人でも筋トレで筋力が回復すると、姿勢が良くなり、歩く。トイレで排泄(はいせつ)できるようになると、表情の輝きが変わり、生きる力や誇りを取り戻す。社会や地域に貢献できると、生きる価値を周囲にふりまけるようになる。重度で世話されていた人が、自分から動くようになる。『あおいけあ』では高齢者を世話される対象でなく、生活する一人の人間としてとらえるケアを徹底している。若者が支えないで済むよう、お年寄りが元気で一緒に、人間として生きられる社会を作ることが大切だ」

 【用語解説】小規模多機能型居宅介護

 登録利用者は約7万人。政府は平成37年度に40万人分の整備を目指す。中学校区規模での支え合いとサービス整備を行う「地域包括ケア」に向け、厚生労働省は次の介護保険法改正で小規模多機能型居宅介護について、単身者や老老世帯を支えるヘルパーサービスの充実▽地域住民にも支援できるよう運営基準の見直し-などを検討する。事業所が介護予防をはじめ、地域のたまり場やボランティアの拠点になることも狙っている。